文化の透明化:見えない伝統をどう翻訳するか
文化の透明化:見えない伝統をどう翻訳するか

京都の“空気のような文化”を現代に翻訳する試み
京都には、言葉にしようとすると指の間からすり抜けていくような、不思議な文化があります。 目に見える「伝統工芸」や「歴史的建造物」だけではなく、もっと淡く、もっと静かで、もっと日常に溶け込んだ“空気のような文化”。 それは、誰かが意図的に守ってきたというより、気づけばそこにあり、気づけば自分の身体の動きや判断にまで染み込んでいるような、透明な価値観の層です。
WABISUKEが向き合っているのは、この「透明な文化」をどう現代に翻訳し、どうプロダクトや体験として届けるかという問いです。 伝統を「保存」するのではなく、「呼吸できる形」に変換する。 これは、単なるデザインの問題ではなく、文化の継承そのものに関わる挑戦でもあります。
1. 透明な文化とは何か
京都で暮らしていると、誰も説明しないのに共有されている“暗黙の了解”に出会います。 季節の移ろいを知らせる風の匂いに敏感であること。 相手の言葉の裏にある気配を察し、必要以上に踏み込まない距離感。 派手さよりも、長く使える静かな美しさを選ぶ判断基準。
これらは「教わるもの」ではなく、「染み込むもの」です。 だからこそ、外から見れば分かりにくく、内側にいる人にとっては説明しにくい。 透明であるがゆえに、伝えることが難しいのです。
しかし、この透明さこそが京都文化の本質であり、世界中の人が惹かれる理由でもあります。 WABISUKEは、この“透明な文化”を、現代の言語とデザインに翻訳することを使命としています。
2. 翻訳とは、置き換えではなく「気配を残す」こと
文化の翻訳というと、伝統的な意匠をそのまま現代のプロダクトに落とし込むことを想像しがちです。 しかし、WABISUKEが目指す翻訳は、もっと繊細で、もっと感覚的なものです。
- 形を真似るのではなく、佇まいを写す
- 技法を再現するのではなく、時間の流れ方を宿す
- 物語を説明するのではなく、余白を残す
京都の文化は、言葉よりも「気配」で伝わるものが多い。 だからこそ、翻訳において大切なのは、表面的な特徴ではなく、背後にある“空気の質”をどう保つかです。
たとえば、がま口の丸みには、手のひらに収まる安心感があります。 その安心感は、単なる形状ではなく、京都の暮らしに根付いた「ものを大切に扱う手つき」から生まれたものです。 WABISUKEのプロダクトは、その手つきの記憶を現代の生活者にも感じてもらえるよう、素材や重さ、開閉の音にまで気を配っています。
翻訳とは、文化の“気配”を別の形に移し替える行為なのです。
3. 現代における「文化の透明化」という課題
情報があふれ、スピードが価値になる現代において、透明な文化はしばしば見過ごされます。 派手ではない。説明しづらい。効率的でもない。 しかし、だからこそ、現代に必要なのです。
透明な文化は、私たちの感覚を整え、心の速度をゆっくりと戻してくれます。 それは、忙しさの中で失われがちな「自分の輪郭」を取り戻すための静かな装置のようなもの。
WABISUKEがプロダクトをつくるとき、最も大切にしているのは、この“静かな装置”としての役割です。 文化を「見える化」するのではなく、「感じられるようにする」。 透明な文化を、透明なまま届けるための工夫が必要なのです。
4. 透明な文化を翻訳するための三つの視点
- 1. 感覚の翻訳 — 触れたときの温度、重さ、音、手の動き。京都の文化は身体感覚に宿ることが多いため、プロダクトの細部にその感覚を忍ばせます。
- 2. 時間の翻訳 — すぐに答えが出ないもの、ゆっくり馴染むもの、使い続けるほど美しくなるもの。速さではなく、時間の深さをどう設計に組み込むかを考えます。
- 3. 余白の翻訳 — 説明しすぎない、飾りすぎない、詰め込みすぎない。余白は、使い手が自分の物語を重ねるためのスペースです。
この三つの視点を通して、透明な文化は現代の生活にそっと溶け込む形へと変換されていきます。
5. 文化を未来へ渡すために
文化は、保存するだけでは生き続けません。 使われ、触れられ、生活の中で息をすることで、初めて未来へ渡っていきます。
WABISUKEがつくるものは、単なるプロダクトではなく、文化の“容れ物”です。 そこに込められた気配や佇まいが、使い手の生活の中で新しい意味を持ち、また次の世代へと受け継がれていく。 その循環こそが、文化の透明化の本当の目的です。
京都の“空気のような文化”は、決して過去の遺物ではありません。 むしろ、現代の私たちが失いかけている感覚を取り戻すための、静かな道標のような存在です。
WABISUKEは、その道標を、誰もが手に取れる形で未来へ渡していきたいと考えています。