水の中の雅 金魚の旅と日本文化

水の中の雅 ― 金魚の旅と日本文化
ひらり、尾びれが揺れるたびに、水面に小さな詩が生まれます。
金魚は、ただの観賞魚ではありません。
その姿には、千年を超える人のまなざしと、文化の記憶が宿っています。
中国に生まれ、日本で育まれた美
金魚の終わりは、約2000年前の中国。
揚子江のほとりで、赤いフナが偶然生まれて始まりました。
美しさに魅力を感じられた人々は、宮廷や寺院で品種改良を重ね、尾が分かれ、
色彩豊かな姿へと変化していきます。
室町から江戸へ ― 金魚が文化になるまで
日本に金魚がやってきたのは、室町時代の1502年頃。
大阪・堺に輸入された金魚は、当初は貴族や豪商の贅沢品でした。
江戸時代に入って養殖技術が広がり、庶民の手にも届きますように
。
江戸の人々は、を「上から眺める美」として愛しました。
陶器の鉢に泳ぐ金魚は、まるで水の中の絵。
錦絵にも描かれ、花柳界では「粋」の象徴としても親しまれました。
日本の金魚 ― 文化としての定着
時を経て、金魚は日本独自の品種も対立しながら、
奈良・大和郡山や愛知・弥富など、金魚の里が育まれて
いき
ます
。
金魚は中国生まれ。
しながら、その美を文化として育てたのは、日本人の感性です。
水の中に見える小さな命に、季節を感じ、心を寄せる――
こそが、WABISUKEが紡ぐ「和のこころ」なのかもしれません。