モロッコの色彩文化──赤い街、青い街、砂漠の色に宿る美しさ
WABISUKE × モロッコの色彩哲学
砂漠が教えてくれる、美しさの重なり

京都の街を歩いていると、ときどき不思議な色に出会うことがあります。
古い町家の土壁。夕暮れに染まる瓦屋根。長い歳月を受け止めた木の柱。
決して目立つ色ではないのに、なぜか深く心に残る。
それは、色の向こう側に、長い時間と人々の暮らしが感じられるからかもしれません。
一方、遠く離れた北アフリカの国、モロッコにも、世界中の人々を魅了する色彩文化があります。
マラケシュの赤い街並み。シャウエンの青い路地。サハラ砂漠の黄金色。幾何学模様が美しいモザイクタイルや、色鮮やかな織物。
日本とモロッコ。
自然環境も歴史も異なる二つの国ですが、色彩の背景を見つめると、興味深い共通点が見えてきます。
それは、色が単なる装飾ではなく、土地の自然や歴史、人々の暮らしと深く結びついていることです。
京都で日本の伝統文様やがま口を届けるWABISUKEの視点から、モロッコの色彩文化と、その奥にある美意識を訪ねてみたいと思います。
第一章──モロッコの色彩は、歴史の重なりから生まれた
モロッコは、アフリカ大陸の北西端に位置する国です。
北には地中海、西には大西洋。内陸にはアトラス山脈が連なり、南東にはサハラ砂漠へと続く地域が広がっています。
海と山と砂漠。
異なる自然環境を持つこの土地は、古くから多様な文化が出会う場所でした。
モロッコの歴史を語るうえで欠かせないのが、北アフリカに古くから暮らしてきたアマジグの人々です。
アマジグの文化には、独自の言語や織物、建築、音楽、装身具などがあります。
7世紀以降にはイスラム教とアラビア語文化が広がり、さらにイベリア半島のイスラム文化圏であるアル=アンダルスとの交流も、都市文化や工芸に影響を与えました。
ユダヤ人共同体の歴史や、サハラを越える交易も重要です。
こうした多様な歴史の中で、モロッコの建築や装飾、織物の文化は発展してきました。
街の色は、その土地の土や石から生まれることもあれば、交易によって伝わった技術や美意識によって変化することもあります。
モロッコの色彩を理解することは、異なる文化が重ねてきた歴史を知ることでもあるのです。
第二章──マラケシュの赤。大地が街の色になる
モロッコを代表する都市の一つ、マラケシュ。
この街は、しばしば「赤い街」と呼ばれます。
旧市街には、赤みを帯びた土壁や建物が続きます。
鮮やかな赤というよりも、赤土や桃色、褐色が混ざり合ったような色。
太陽が高い時間には明るく見え、夕暮れには深い赤みを帯びます。
マラケシュの街並みを特徴づける色には、地域の建築材料や伝統的な仕上げの歴史が関係しています。
土や石灰など、土地の環境に根ざした素材が建築に使われてきました。
11世紀後半に成立したマラケシュは、王朝の都として発展し、現在も城壁やモスク、宮殿、市場などに歴史を伝えています。
旧市街は1985年にユネスコ世界遺産に登録されました。
ここで京都の街並みを思い浮かべてみます。
土壁や瓦、木材の色が重なり、独特の風景をつくっています。
もちろん、マラケシュと京都では気候も建築技術も異なります。
しかし、土地の素材が街の色を形づくるという点には、比較できるものがあります。
色は、必ずしも人が自由に選んで塗るものではありません。
土の色。石の色。木の色。
それらが建築となり、街の記憶になっていく。
マラケシュの赤は、大地と人間の営みが重なって生まれた色なのです。
第三章──シャウエンの青。一つの色に広がる無数の表情
モロッコ北部、リーフ山地に位置するシャウエン。
この街は、青く塗られた建物や路地で世界的に知られています。
淡い水色。深い青。白に近い青。
壁や階段、扉にさまざまな青が重なり、街全体が一つの風景をつくっています。
シャウエンの青には、いくつもの由来が伝えられています。
ユダヤ人住民の宗教的な伝統との関係、青を神聖さと結びつける解釈、生活上の理由などです。
ただし、街が青く塗られるようになった理由や時期については諸説があり、一つに確定しているわけではありません。
それでも、現在の青い街並みが、多くの人々を魅了していることは確かです。
細い路地を歩くと、光の当たり方によって青の表情が変わります。
日差しの中では明るく、日陰では深みを増す。
植物の緑や陶器の色が加わると、青の印象も変化します。
日本の藍染にも、濃淡によって異なる色合いがあります。
淡い藍から、黒に近い深い藍まで。
素材や歴史は異なりますが、一つの色の中に豊かな表情を見いだすという点は興味深いものです。
色の豊かさは、色数の多さだけで決まるのではありません。一つの色をどれほど深く見つめるかによっても生まれるのです。
第四章──サハラ砂漠。光と影が生み出す美しさ
モロッコ南東部には、サハラ砂漠へと続く乾燥地域が広がっています。
エルグ・シェビなどの砂丘地帯では、風によって形を変える砂の風景を見ることができます。
朝の砂丘は淡い黄金色。
太陽が高くなると、砂の明るさが増し、夕暮れには赤みを帯びた橙色へと変化していきます。
長く伸びる影は、砂丘の曲線を浮かび上がらせます。
そこには、都市の建築や装飾とは異なる色彩の世界があります。
砂漠というと、何もない場所のように想像されることがあります。
しかし、サハラには砂丘だけでなく、岩石地帯や礫の平原、オアシスなど、多様な環境があります。
また、古くから交易路が通り、人々の暮らしが営まれてきた場所でもあります。
厳しい自然環境の中で、人々は土地に適応する知識や技術を育んできました。
その現実を忘れずに砂漠の風景を眺めると、色の美しさにも違った深みが生まれます。
日本の庭園には、石や砂、苔など、限られた素材を使って豊かな風景を表現するものがあります。
自然の砂漠と、人がつくる日本庭園は同じものではありません。
それでも、少ない要素の中に光や影、時間の変化を感じるという点では、私たちの感性を刺激してくれます。
美しさは、何かを加えることによってだけ生まれるのではありません。すでにそこにあるものを、深く見つめることからも生まれるのです。
第五章──ゼリージュ。色と幾何学がつくるモロッコの美
モロッコの伝統工芸を語るうえで欠かせないものが、ゼリージュ(Zellige)です。
ゼリージュは、小さく加工した施釉タイルを組み合わせ、幾何学的な模様をつくるモザイク装飾です。
青、緑、白、黄、褐色。
さまざまな色のタイルが、星形や多角形、交差する線となって、複雑な模様を生み出します。
宮殿や中庭、噴水、宗教建築などに用いられ、モロッコの建築文化を特徴づけてきました。
その美しさを支えているのは、職人の高度な技術です。
小さなタイル片を加工し、形を整え、緻密に組み合わせる。
一つひとつの部品が正確に配置されなければ、全体の模様は成立しません。
そこには、長い修練によって磨かれた技術があります。
日本の伝統文様にも、幾何学的な構成を持つものがあります。
麻の葉、七宝、紗綾形。
同じ形を繰り返すことで、美しい連続模様が生まれます。
もちろん、ゼリージュと日本の文様は、それぞれ異なる歴史の中で発展してきました。
しかし、小さな形の反復から大きな美しさを生み出すという点には、興味深い共通性があります。
また、モロッコの工芸には、フェズの革加工や金属細工、陶器など、多様な技術が受け継がれています。
鮮やかな色の背景には、素材を扱い、加工し、仕上げる職人の仕事があるのです。
手仕事の美しさは、不完全さだけにあるのではありません。磨き上げられた技術と、細部に向き合う姿勢の中にも宿っています。
第六章──アマジグの織物。文様に残る暮らしの記憶
モロッコの織物文化には、地域ごとに異なる豊かな伝統があります。
特に、アマジグの人々が受け継いできた絨毯や織物は、その色彩と幾何学模様で知られています。
赤や橙色を中心としたもの。
羊毛の自然な色を生かしたもの。
大胆な幾何学模様を持つもの。
細かな文様を繰り返すもの。
地域や用途、制作された時代によって、織物の表情は大きく異なります。
織物は、単なる装飾品ではありません。
寒さを防ぎ、生活空間を整え、日々の暮らしを支える道具でもあります。
文様には、自然や家族、保護、豊穣などとの関係が語られる場合があります。
ただし、その意味がすべての地域や織物に共通するわけではありません。
制作した人の意図が記録されていない場合もあり、後世の解釈が加えられていることもあります。
だからこそ、文様を知るときには、その土地の歴史や暮らしを大切にしたいものです。
日本にも、西陣織や結城紬、久留米絣など、地域ごとに発展してきた織物文化があります。
素材を選び、糸を染め、模様をつくる。
そこには、長い時間をかけて受け継がれてきた知識と技術があります。
一枚の布を見つめるとき、私たちは色や模様だけでなく、その背景にある人々の営みにも目を向けることができます。
布は、単なる素材ではありません。土地の暮らしと作り手の時間が重なった存在でもあるのです。
第七章──日本の伝統色とモロッコの色彩。異なる美意識の出会い
モロッコの色彩文化を知ると、日本の伝統色についても改めて考えたくなります。
藍色。
浅葱色。
萌黄色。
蘇芳色。
茜色。
山吹色。
日本には、自然や染色の歴史と結びついた多くの色名があります。
藍色は藍染の歴史と深く関わり、萌黄色は春に芽吹く植物を思わせます。
蘇芳色は、染料植物に由来する赤系の色として知られています。
ただし、日本の色彩文化は、落ち着いた色だけで構成されてきたわけではありません。
平安時代の装束には、重ねた衣の配色を楽しむ文化がありました。
友禅染や西陣織には、華やかな色彩表現があります。
一方、茶の湯の道具や建築には、控えめな色合いも見られます。
日本にも、鮮やかさと静けさが共存しているのです。
モロッコにも同じように、華やかなゼリージュや織物がある一方で、土壁や砂漠、伝統的な中庭型住宅であるリヤドには、落ち着いた色彩の世界があります。
リヤドでは、中庭に光や風を取り込み、植物や水、装飾を組み合わせて生活空間をつくります。
京都の町家や坪庭とは、気候も建築の歴史も異なりますが、内側の空間に自然を取り込むという点は興味深いものです。
異なる文化を比較するとき、大切なのは、似ている部分だけを探すことではありません。
違いを理解し、それぞれの文化が育んできた美しさを尊重することです。
世界の色を知ることは、自分たちの色彩文化を新しい視点から見つめ直すことにもつながります。
第八章──がま口とモロッコの手仕事。文化を日常に届ける
モロッコの織物や陶器、革製品には、日常の暮らしを支える道具として発展してきた歴史があります。
美しいだけではなく、使うためにつくられたもの。
そこには、素材を知り、技術を磨き、使う人の生活を考える職人の仕事があります。
日本のものづくりにも、同じように暮らしと結びついて発展してきた文化があります。
WABISUKEのがま口も、その一つとして考えています。
がま口は、口金を開閉する構造を持つ、実用的な道具です。
小さなものを収納し、必要なときに取り出す。
その仕組みに、日本の伝統文様やさまざまな色彩の布を組み合わせることで、日常の道具に新しい表情が生まれます。
麻の葉。
七宝。
青海波。
唐草。
それぞれの文様には、異なる歴史や意味があります。
麻の葉は健やかな成長への願い、七宝は円満や人とのつながり、青海波は穏やかな暮らしへの願いなどと結びつけて語られることがあります。
もちろん、文様の意味は時代や用途によって変化してきました。
大切なのは、模様を単なる飾りとして見るだけでなく、その背景にも興味を持つことです。
モロッコのゼリージュや織物を知ることは、日本の文様の美しさを見つめ直すきっかけにもなります。
また、異なる文化を紹介するときには、その歴史や作り手への敬意を忘れてはいけません。
表面的な色や模様だけを取り入れるのではなく、その背景にある人々の暮らしを知ろうとする。
それが、WABISUKEの大切にしたいクロスカルチャーの姿勢です。
一つのがま口を通じて、日本の文様を知る。一つの記事を通じて、世界の文化に出会う。
その小さなつながりを、これからも大切にしていきたいと思います。
終章──美しさは、重なりの中にある
モロッコの街に、夕暮れが訪れます。
マラケシュの赤い壁は、昼間よりも深い色を帯びる。
シャウエンの青い路地には、静かな影が伸びていく。
フェズの工房では、職人たちが一日の仕事を終えようとしている。
遠くサハラの砂丘では、沈みゆく太陽が砂の表情を変えていく。
それぞれの場所に、異なる色があります。
異なる歴史があります。
異なる人々の暮らしがあります。
けれど、どの色も、その土地の時間と無関係ではありません。
赤い壁には、大地と建築の歴史がある。
青い路地には、幾つもの物語がある。
幾何学模様には、職人の技術がある。
織物には、作り手の時間がある。
色は、単なる表面ではないのです。
京都の街にも、長い時間を重ねてきた色があります。
古い町家の木の色。
寺院の屋根瓦。
庭園の苔。
西陣織の華やかな糸。
友禅染の鮮やかな文様。
モロッコと京都は、同じ歴史を歩んできたわけではありません。
しかし、それぞれの文化を丁寧に見つめることで、人が美しいものを生み出してきた理由について考えることができます。
暮らしを整えるため。
大切な人を想うため。
土地の素材を生かすため。
技術を次の世代へ伝えるため。
美しさが生まれる理由は、一つではありません。
そして、その理由が重なり合うことで、文化は豊かになっていきます。
WABISUKEが届けたいのも、そうした美しさです。
色を選ぶこと。
文様を知ること。
道具を使うこと。
遠く離れた文化に興味を持つこと。
その小さな行為の中に、日々の暮らしを豊かにするきっかけがあると信じています。
美しさは、一つの色だけで完成するものではありません。異なる色が重なり、歴史と人々の時間が積み重なることで、深みを増していくのです。
京都から、世界へ。
そして、世界から、もう一度京都へ。
遠く離れた文化を知るたびに、自分たちの文化も新しい表情を見せてくれる。
文化を贈る、感性を纏う。
WABISUKEはこれからも、日本の伝統文様と手仕事を大切にしながら、世界のさまざまな文化に学び続けたいと思います。
色の向こう側にある物語を、丁寧に見つめながら。