短編小説『一期一会』

短編小説『一期一会』
舞台: 京都・東山の小さな茶室「風灯庵(ふうとうあん)」
登場人物:
• 紬(つむぎ):WABISUKEの茶道を学ぶ若き女性。
• 時雨(しぐれ):旅の途中で茶室を訪れた青年。
• 灯(ともり):茶室の主。年老いた茶人。
物語
秋の終わり、霧雨が降る午後。紬は茶室「風灯庵」で、初めての茶会を開くことになった。師である灯は、ただ一言だけ告げた。
「今日の客は、二度と来ぬ人かもしれぬ。」
紬は緊張しながらも、掛け軸に「一期一会」の文字を選ぶ。花は野に咲く山茶花。器は祖母が遺した、ひびの入った唐津焼。
現れた客は、旅装束の青年・時雨。彼は言葉少なく、ただ茶室の空気を静かに吸い込んでいた。紬は一服の茶を点てる。湯の音、茶筅の動き、器の温もり——すべてが、初めてで最後のように感じられた。
時雨は茶を口にし、ふと微笑む。
「この味は、忘れられない。」
それだけを残し、彼は去っていった。名前も、行き先も告げずに。
紬はその夜、灯に問う。
「なぜ、あの人だったのですか。」
灯は答える。
「茶は、出会いの形をしている。君が点てた茶は、君自身だった。だから、彼は君に出会ったのだよ。」
結末
数年後、紬は茶室の主となる。ある日、若い旅人が訪れる。彼は、かつての時雨に似ていた。だが、紬はもう問わない。
ただ、静かに茶を点てる。
その茶には、あの日の記憶も、今日の風も、未来の余白も、すべてが宿っていた。