短編小説『和敬清寂』

短編小説『和敬清寂』
舞台: 京都・北山の山間にある、廃寺を改装した茶室「寂光庵(じゃっこうあん)」
登場人物:
• 澪(みお):WABISUKEの若き陶芸家。器に宿る心を探している。
• 環(たまき):茶室の主。元舞妓であり、今は茶人。
• 風の音:物語の背景に流れる、無言の語り手。
物語
春の終わり、澪は「寂光庵」を訪れる。彼女は器を作る者だったが、最近は「形に心が宿らない」と悩んでいた。環は、そんな澪に茶を点てる。
茶室には、何もない。掛け軸も、花も、飾りも。あるのは、静けさと、澪が持参した器だけ。
環は言う。
「和は、違いを調和すること。敬は、相手を尊ぶこと。清は、心を澄ませること。寂は、変わりゆくものを受け入れること。」
澪はその言葉を聞きながら、器を見つめる。自分が削った跡、焼きのムラ、釉薬の揺らぎ——それらが、今まで「失敗」だと思っていたものだった。
茶を口にした瞬間、澪は気づく。器は、完璧ではない。だが、環の手、茶の温度、空間の静けさが、それを「美」に変えていた。
結末
澪はその日、器に名前をつける。「和敬清寂」。
それは、彼女が初めて「自分を許した」器だった。
数年後、その器はWABISUKEの茶会で使われる。
訪れた若者が言う。
「この器、なんだか落ち着きます。」
澪は微笑む。
器は語らない。だが、そこには、すべてが宿っていた。