東洲斎写楽

江戸時代中期の浮世絵師、約10ヶ月の短い期間に役者絵その他の作品を版行したのち、忽然と姿を消した謎の絵師。その出自は能役者の齋藤十郎兵衛とする説が有力。

 

明治以降に写楽の作品は海外でも大きな反響を呼びました。ドイツの美術研究家のユリウス.クルト が東洲斎写楽の研究をまとめた【Sharaku】を書きあげた。これに触発された日本人研究家たちの目に留まり、写楽が注目されるようになる。

 

写楽の活動が短いのは役者絵のタブーを破り、リアルを追求したことによる歌舞伎役者や歌舞伎ファンから不評につながり引退につながったのではないかと考えられる。

 

 

東洲斎写楽は謎に包まれた生涯と短期間の鮮烈な活躍により、200年以上たった現在も世界の浮世絵ファンの心をつかみ、世界中で知られる肖像画家の一人になりました。