『うつろい』をどう言葉にするか  季節、記憶、そして余白のために


『うつろい』をどう言葉にするか
— 季節、記憶、そして余白のために

「うつろい」とは、ただの変化ではない。
それは、気づく者だけに訪れる、静かな奇跡である。

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【1. 「うつろい」という言葉の輪郭】

日本語の「うつろい」という言葉には、はっきりとした輪郭がありません。
それは「変化」や「移り変わり」と訳されることもありますが、英語の “transition” や “ephemeral change” では、どこか足りない。
「うつろい」は、もっと静かで、もっと曖昧で、もっと詩的です。

たとえば、春先の朝。
障子越しの光が、昨日よりも少しだけ白くなっていることに気づく瞬間。
あるいは、秋の夕暮れ。
影が長くなり、風が少し冷たくなったことに、ふと気づくとき。
それは、誰かに教えられるものではなく、自分の感覚がそっと拾い上げるものです。

「うつろい」は、目に見えぬものの気配、音もなく移ろう季節の気温、光の角度、風のにおい、心の揺れをも含みます。
だからこそ、私たちはその微細な変化に、詩を感じるのです。

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【2. 「うつろい」を捉える言葉の工夫】

WABISUKEでは、日々の色暦や商品紹介、空間設計において「うつろい」をどう言葉にするかを大切にしています。
それは、単なる説明ではなく、感覚の共有であり、記憶の編み直しでもあります。

・比喩で包む
「春の気配が、襖の隙間からそっと覗く」
「陽だまりが、床の間にそっと腰を下ろす」
変化を直接言わず、情景や動作で表現することで、読む人の中に風景が立ち上がります。

・動詞を静かに選ぶ
「変わる」よりも「ほどける」「にじむ」「ほどよく滲む」など、
音やリズムに余白を持たせる言葉を選びます。
言葉の響きそのものが、うつろいを運ぶ舟になるのです。

・時間を重ねる
「去年の今ごろ、同じ場所で見た桜は、もっと白かった気がする」
記憶と現在を重ねることで、うつろいは浮かび上がります。
時間の層を重ねることで、言葉に奥行きが生まれます。

・色で語る
「薄紅が、白にほどけてゆく」
色の変化を通じて、季節や感情の移ろいを表現します。
WABISUKEの色暦もまた、うつろいを言葉と色で記録する試みです。

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【3. 空間に宿る「うつろい」】

WABISUKEの京都の空間も、うつろいを受け止める器でありたいと考えています。

たとえば、朝と夕で表情を変える漆喰の壁。
雨の日にしっとりと濃くなる木の床。
季節ごとに掛け替える暖簾や、香の選び方。
それらはすべて、うつろいを「感じる」ための装置です。

建築とは、固定されたもののようでいて、実はとても流動的です。
光の入り方、音の響き、空気の重さによって、同じ空間がまったく違う表情を見せる。
その変化を受け入れ、引き立てる設計こそが、WABISUKEの空間づくりの核にあります。

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【4. 商品に宿る「うつろい」】

私たちの布ものも、使い込むほどに表情を変えていきます。

たとえば、生成りのトートバッグが、日差しと手の脂で少しずつ飴色に。
あるいは、木のカトラリーが、使う人の手に馴染んでいく。
それは「劣化」ではなく、「育ち」。
うつろいを受け入れることで、ものは人格を持ち始めます。

新品の美しさではなく、時間と共に育つ美しさ。
それは、使う人の暮らしと共鳴しながら、静かに変化していくものです。
だからこそ、私たちは「定番」という言葉に、時間の積み重ねを込めています。

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【5. 言葉にすることで、うつろいは残る】

うつろいは、放っておけば消えてしまうもの。
だからこそ、私たちは言葉にして残します。

色暦の一行、商品紹介の一節、空間の説明文。
そこに「うつろい」を宿すことで、
読者や訪問者の中に、静かな共鳴が生まれることを願っています。

言葉にすることで、うつろいは記憶になります。
そしてその記憶は、誰かの中でまた別のうつろいを生む。
そうして、見えないバトンが手渡されていくのです。

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【結びにかえて】

うつろいを言葉にすることは、記憶を編むこと。
WABISUKEのブログもまた、日々のうつろいをすくい上げる器でありたいと思っています。

季節の変わり目にふと立ち止まり、
「何かが変わった」と感じたとき、
その感覚をそっと言葉にしてみてください。
きっとそこに、あなた自身の詩が宿っています。