WABISUKE × 韓屋の静けさ──風と火、木と紙。韓国の住まいに宿る、暮らしの知恵と美意識
ソウルの街を歩いていると、高層ビルや車の往来が続く都市の風景の向こうに、ふと瓦屋根の連なりが現れることがある。
緩やかに反り上がる軒先。木の柱。白い壁。そして、建物と建物の間からのぞく、小さな庭。
韓国の伝統的な住まい、韓屋(ハノク)である。

その姿には、現代の建築とは異なる時間が流れているように感じられる。
しかし、韓屋の魅力は、古い建物が持つ懐かしさだけではない。
夏の暑さを和らげる風の通り道。
冬の寒さから人を守る床のぬくもり。
紙を通して室内へ届く柔らかな光。
庭と部屋を行き来する人々の暮らし。
韓屋には、朝鮮半島の風土に向き合いながら、人々が長い時間をかけて育んできた生活の知恵がある。
そして、その知恵は、機能だけを追い求めたものでもない。
自然と人間の距離を考え、素材の性質を理解し、住まいの中に美しさを見いだしてきた歴史でもある。
京都で日本の伝統文様を取り入れたがま口や布製品を届けるWABISUKEもまた、暮らしの道具と文化の関係を大切にしている。
もちろん、韓屋という建築と、WABISUKEの小さながま口は、規模も役割も異なる。
それでも、日常を支えるものの中に、土地の歴史や人々の感性が受け継がれているという点には、考えさせられる共通性がある。
韓屋の歴史と建築をたどりながら、韓国の人々が住まいに託してきた知恵と美意識、そして現代の私たちがそこから学べることを考えてみたい。
第一章──韓屋とは何か。風土が育てた韓国の住まい
韓屋とは、一般に韓国の伝統的な建築様式による住まいを指す言葉である。
その姿は一つではない。
朝鮮半島には、地域によって異なる気候や地形がある。
北部では冬の寒さが厳しく、南部では比較的温暖な気候の中で夏の暑さや湿気への対応が求められてきた。
山間部と平野部でも、暮らしの条件は異なる。
そのため、韓屋の間取りや屋根の形、建物の配置は、地域や時代、住む人々の社会的な立場によって変化してきた。
都市の上層住宅と、農村の民家とでは、使われる材料や空間の構成にも違いがある。
瓦屋根の韓屋がよく知られているが、伝統的な民家には草葺き屋根の住まいもあった。
私たちが今日、観光地などで目にする韓屋は、長い建築史の中の一つの姿なのである。
それでも、韓屋の住文化を理解するうえで、特に重要な二つの仕組みがある。
マルとオンドル。
風を通して涼しさを得る空間と、床を温めて寒さに備える仕組み。
韓屋は、この二つを組み合わせながら、季節の変化に対応してきた。
ここに、韓国の伝統的な住まいの大きな特徴がある。
第二章──マル。夏の風を迎え入れる床
韓屋の空間を特徴づけるものの一つが、マル(마루)と呼ばれる板敷きの床である。
マルにはさまざまな形式があるが、地面から床を持ち上げ、その下に空気が通る構造が用いられることがある。
夏には、この構造が涼しさを得るための工夫となる。
地面からの湿気を避け、風を通し、人々が腰を下ろして過ごす場所をつくる。
住宅の中心に設けられる広い板の間は、テチョンマル(대청마루)と呼ばれる。
テチョンマルは、部屋と部屋をつなぐだけでなく、家族が集まり、季節の風を感じる空間として使われてきた。
扉を開けば、庭からの風が入り、建物の反対側へ抜けていく。
外と内が、完全に切り離されているわけではない。
建物の中にいながら、庭の木々や空の明るさを感じられる。
そこには、日本の縁側や板の間と比較できる部分もある。
ただし、両者は同じものではない。
それぞれの土地の気候や生活習慣に応じて発達してきた、異なる建築文化である。
韓屋のマルが興味深いのは、風を単なる自然現象として扱うのではなく、暮らしの中へ積極的に取り込んできたことである。
風は目に見えない。
けれど、木々の葉を揺らし、肌に触れ、室内の空気を動かす。
韓屋のマルに座るとき、人は建物の中にいながら、自然の変化を身体で感じることができる。
韓屋の涼しさは、風を遮ることではなく、風とともに暮らす工夫から生まれてきたのである。
第三章──オンドル。冬の寒さを受け止める床の知恵
韓屋を理解するうえで、マルと同じくらい重要なのが、オンドル(온돌)である。
オンドルは、床下を温める韓国の伝統的な暖房方式である。
古い形式では、かまどなどで生じた熱や煙を床下の通路に導き、床を温める仕組みが用いられた。
熱は床下を通り、煙は煙突などから屋外へ排出される。
温められた床は、室内へ熱を伝える。
そのため、人々は床に座ったり、寝具を敷いて休んだりしながら、寒い季節を過ごすことができた。
オンドルの歴史は古く、朝鮮半島の寒冷な地域で発達した暖房技術と深く結びついている。
その形式や普及の過程には地域差があり、長い年月をかけて変化してきた。
現代の韓国では、温水を利用した床暖房が広く使われているが、床から室内を温めるという考え方には、伝統的なオンドルとの連続性がある。
ここで注目したいのは、韓屋が一つの方法だけで自然環境に対応してきたわけではないということである。
夏には、風を通すマル。
冬には、床を温めるオンドル。
異なる季節に対して、異なる仕組みを用意する。
その組み合わせによって、暮らしの快適さを支えてきた。
韓屋の美しさを語るとき、瓦屋根の曲線や木の柱に目が向きやすい。
しかし、目に見えない床下にも、人々の知恵が積み重なっている。
建築の美しさとは、外から眺める形だけではなく、そこで暮らす人を支える仕組みの中にも存在する。
オンドルは、そのことを教えてくれる。
第四章──韓屋の屋根。空へ向かう曲線の美しさ
韓屋を遠くから眺めたとき、最も印象に残るものの一つが屋根である。
瓦が重なり、軒先が緩やかな曲線を描く。
その輪郭は、周囲の山並みや空と呼応するようにも見える。
韓国の伝統的な瓦屋根には、雨水を流し、建物を保護するための機能がある。
軒は、日差しや雨が建物に与える影響を調整する役割も担う。
一方で、その形は機能だけで決まるものではない。
木組みの技術、屋根を支える構造、建築様式、時代ごとの造形感覚などが関係している。
寺院、宮殿、住宅では、屋根の構成や装飾も異なる。
また、韓屋の屋根がすべて同じ曲線を描いているわけではない。
それぞれの建物に、用途や格式に応じた違いがある。
瓦屋根の美しさは、朝と夕方でも印象を変える。
朝の光は、瓦の輪郭を柔らかく照らす。
昼には、軒の下に深い影ができる。
夕方になると、屋根の曲線が空の色を背景に浮かび上がる。
建物は動かない。
しかし、光と影が移ろうことで、その表情は変化していく。
ここには、韓屋を単なる古い建築としてではなく、自然環境の中に存在するものとして眺める楽しさがある。
そして、屋根の曲線には、建物をつくった人々の技術と感性が残されている。
機能を備えた形が、長い時間をかけて文化的な美しさを持つようになる。
韓屋の屋根は、その一つの例なのだろう。
第五章──韓紙。光を柔らかく受け止める素材
韓屋の室内で、独特の表情を生み出す素材に、韓紙(ハンジ/한지)がある。
韓紙は、韓国に伝わる伝統的な紙である。
その製造には、楮の繊維などが用いられ、原料の処理から紙漉き、乾燥まで、さまざまな工程を経てつくられる。
韓紙は、書画や工芸品だけでなく、住まいの中でも使われてきた。
例えば、木製の格子に紙を張った窓や戸である。
外からの光が紙を通して室内へ入る。
直射日光とは異なる、柔らかな明るさが生まれる。
木の格子がつくる線と、紙が受け止める光。
その組み合わせは、韓屋の室内に独特の表情を与える。
韓紙は、窓や戸だけでなく、壁や床の仕上げなどに用いられることもあった。
紙の種類や加工方法、使用する場所によって、その役割は異なる。
ここで興味深いのは、紙が単なる記録媒体ではなく、建築の一部として使われてきたことである。
中国の文房四宝において、紙は文字や絵を受け止める素材だった。
一方、韓屋では、紙が光や空間の表情に関わる。
同じ紙という素材が、文化や用途によって異なる役割を担っているのである。
紙は薄い。
けれど、その薄さによって、光を通し、空間の印象を変えることができる。
強い素材だけが、建築を支えているわけではない。
柔らかく、薄く、繊細な素材にも、住まいの質を変える力がある。
韓紙を通して届く光には、素材の性質を理解し、暮らしに生かしてきた人々の知恵が表れている。
第六章──木と土と石。素材を生かす建築
韓屋には、木、土、石、紙、瓦など、さまざまな自然由来の素材が使われてきた。
木は柱や梁をつくり、建物の骨組みを支える。
土は壁などに用いられ、石は基礎や庭の構成に関わる。
瓦は屋根を覆い、紙は窓や室内の仕上げに用いられる。
それぞれの素材には、異なる性質がある。
木には、強度と加工のしやすさがある。
土には、形をつくり、乾燥させて使うことのできる性質がある。
石には、重さと耐久性がある。
紙には、薄さと柔軟さがある。
韓屋の職人たちは、こうした素材の特徴を理解し、組み合わせながら建物をつくってきた。
ただし、韓屋の木材がすべて自然のまま使われているわけではない。
建物の用途や格式によって、木材の選び方、加工方法、表面の仕上げには違いがある。
装飾や彩色が施された建築もある。
韓屋の美しさを、単純に「自然のままの素材を尊ぶ文化」と説明することはできない。
そこには、自然の素材を利用しながら、人間が技術によって形を整えてきた歴史がある。
素材を理解すること。
必要な強さを確保すること。
長く使えるように工夫すること。
そして、用途にふさわしい形を与えること。
建築は、その積み重ねによって成り立っている。
韓屋の柱や梁を見つめるとき、私たちは木の美しさだけでなく、それを建築へと変えた職人の判断にも目を向けることができる。
素材の美しさと、人間の技術の美しさ。
韓屋には、その両方が存在している。
第七章──庭と中庭。暮らしをつなぐ空間
韓屋の魅力を語るうえで、庭や中庭も欠かせない。
建物に囲まれた庭は、光や風を取り入れる場所であると同時に、日常生活のさまざまな活動が行われる空間でもあった。
家族が行き来する。
家事をする。
季節の変化を感じる。
人々が集まる。
庭は、ただ眺めるためだけの場所ではなかった。
住宅の規模や地域、住む人々の暮らしによって、その使われ方は異なる。
広い庭を持つ上層住宅もあれば、限られた土地を工夫して使う住まいもある。
庭に植えられた木々や、置かれた石、建物の配置によって、空間の印象も変わる。
春には新しい葉が芽吹き、夏には日差しが強くなる。
秋には落ち葉が庭を彩り、冬には雪が屋根や地面を覆うこともある。
同じ庭であっても、季節によって異なる表情が現れる。
日本の庭園文化と比較したくなる部分もあるが、両者の歴史や思想を同一視する必要はない。
韓屋の庭には、韓国の生活習慣や家族のあり方、建物の構成と結びついた独自の役割がある。
その文化を理解したうえで、初めて他の地域の庭との共通点や違いが見えてくる。
庭は、何もない空間ではない。
そこでは、自然と人間の生活が日々交わっている。
韓屋の庭が持つ豊かさは、美しい景色だけでなく、暮らしを受け止める場所であることにある。
第八章──サランチェとアンチェ。建築に表れた社会と家族の歴史
韓屋には、建築の美しさだけでは語りきれない歴史もある。
朝鮮王朝時代の上層住宅などでは、家の中の空間が、家族の役割や社会的な規範に応じて分けられることがあった。
その代表的なものが、サランチェ(사랑채)とアンチェ(안채)である。
サランチェは、一般に男性の主人が客を迎えたり、学問や対外的な活動を行ったりする場所として使われた。
アンチェは、家族の生活や家事を中心とする空間で、伝統的には女性の生活領域と深く結びついていた。
こうした区分には、朝鮮王朝時代の儒教的な社会秩序や家族観が反映されている。
ただし、すべての韓屋が同じ構成を持っていたわけではない。
住む人の階層や地域、住宅の規模によって、間取りには大きな違いがあった。
ここで大切なのは、伝統建築を美しいものとして眺めるだけでなく、その中で人々がどのように暮らしていたのかを考えることである。
建築には、社会の価値観が表れる。
誰がどこで過ごすのか。
誰を迎えるのか。
家族がどのように生活するのか。
その時代の考え方が、部屋の配置や建物の構成に反映される。
現代の私たちから見ると、当時の空間の区分には、性別による役割の違いなど、問い直すべき側面もある。
伝統文化を尊重することと、その時代の社会制度を無条件に肯定することは同じではない。
むしろ、建築を通して過去の暮らしを理解することは、現代の社会や住まいのあり方を考えるきっかけにもなる。
韓屋は、美しい建築であると同時に、韓国の社会と家族の歴史を伝える資料でもある。
第九章──北村韓屋村。伝統と現代都市が出会う場所
現代のソウルで韓屋の風景を感じられる場所として知られているのが、北村韓屋村(プクチョン・ハノクマウル)である。
景福宮と昌徳宮の間に位置する北村には、韓屋が連なる街並みが残されている。
緩やかな坂道。
瓦屋根の重なり。
細い路地。
遠くに見える現代都市の建物。
その風景には、古い住まいと新しい都市が同時に存在している。
ただし、北村を「朝鮮王朝時代の街並みがそのまま残った場所」と考えるのは正確ではない。
現在見られる韓屋の多くには、近代以降、とりわけ二十世紀前半の都市化の中で建てられた住宅も含まれている。
北村の歴史は、伝統的な建築が近代都市の中でどのように変化してきたのかを考えるうえでも興味深い。
近年、韓屋の保存や活用への関心が高まる一方、観光客の増加によって住民の生活環境が影響を受ける問題も生じている。
北村は、観光のためだけにつくられた場所ではない。
現在も人々が暮らす住宅地である。
そのため、訪れる人には、住民の生活を尊重する姿勢が求められる。
静かな路地で大きな声を出さない。
私有地へ無断で入らない。
写真を撮る際には、そこが誰かの暮らしの場所であることを忘れない。
こうした配慮は、文化を尊重する行為の一つである。
また、北村では観光客の訪問時間などに関する規制が設けられている区域もあるため、実際に訪れる際には最新の案内を確認する必要がある。
伝統的な建築を未来へ残すためには、建物そのものの保存だけでは十分ではない。
そこで暮らす人々の生活が守られることも重要である。
文化を残すとは、風景を保存することだけでなく、その場所で続いている暮らしを尊重することでもある。
北村韓屋村は、その難しさと大切さを教えてくれる場所である。
第十章──韓屋は、現代の暮らしの中でどう生きるのか
韓屋は、過去の建築として保存されるだけの存在ではない。
現代の韓国では、古い韓屋を修復し、住宅や宿泊施設、文化施設、店舗などとして活用する取り組みも行われている。
また、伝統的な韓屋の要素を取り入れながら、現代の生活に対応した新しい建築も生まれている。
そこでは、さまざまな課題がある。
断熱性をどのように高めるのか。
現代の設備をどのように組み込むのか。
歴史的な意匠をどこまで残すのか。
建物の安全性や維持管理をどう確保するのか。
伝統的な形を残すことと、現代の暮らしやすさを実現することは、必ずしも簡単に両立するわけではない。
しかし、その難しさに向き合うこと自体が、文化を継承する営みでもある。
古い建築を守るために、新しい技術を用いる。
伝統的な空間を生かしながら、現代の生活に合う使い方を考える。
そのような試みを通して、韓屋は今も変化を続けている。
文化を継承するとは、過去の姿を完全に固定することではない。
何を残し、何を変えるのかを考え続けることでもある。
その選択には、建築家や職人だけでなく、住む人、地域社会、行政など、多くの人々が関わっている。
韓屋の未来は、過去の建築技術だけではなく、現代の人々の判断によっても形づくられていく。
伝統とは、変わらないものではなく、大切なものを見極めながら受け継いでいく営みなのだろう。
第十一章──京都の町家と韓屋。似ているもの、異なるもの
韓屋について考えていると、京都の町家を思い浮かべることがある。
木を使った建築。
庭と室内の関係。
外からの光や風を取り入れる工夫。
長い時間をかけて受け継がれてきた暮らしの知恵。
そこには、比較できる部分がある。
しかし、京都の町家と韓屋は、同じ建築文化ではない。
京都の町家は、都市の商業活動や職住一体の暮らしと深く結びつきながら発達してきた。
間口が狭く奥行きの深い敷地を利用し、通り庭や坪庭などを設ける形式が知られている。
一方、韓屋は地域や階層によって多様な形式を持ち、マルやオンドルなどの仕組みを通して、朝鮮半島の気候や生活習慣に対応してきた。
建物の配置も、家族の生活様式も、社会的な背景も異なる。
だからこそ、比較する意味がある。
異なる土地の人々が、それぞれの環境の中で、どのように暮らしを整えてきたのか。
その違いを知ることで、私たちは自分たちの文化についても、新しい視点を得ることができる。
韓屋を見て、京都の町家を思い出す。
京都の町家を見て、韓屋のマルや中庭を思い浮かべる。
それは、どちらかの文化をもう一方に重ね合わせることではない。
異なる文化を、互いの違いを尊重しながら見つめることである。
文化の交流とは、似ているところを探すことだけでなく、異なるところを理解することからも始まる。
第十二章──韓屋の美意識と、WABISUKEの小さな道具
ここで、京都のWABISUKEに目を向けてみたい。
韓屋は、人が暮らすための建築である。
WABISUKEのがま口や帆布製品は、日々の暮らしで使うための小さな道具である。
その規模も、機能も、歴史も異なる。
けれど、どちらにも、使う人の生活を考えるという共通の出発点がある。
韓屋では、夏の風を取り入れ、冬の寒さを和らげるために、建築の仕組みが工夫されてきた。
WABISUKEのがま口では、ものを出し入れするための口金や、持ち歩きやすさ、布の手触りなどが、日常の使い心地に関わっている。
美しいだけでは、道具として十分ではない。
使いやすいだけでも、人が長く愛着を持つとは限らない。
形、素材、機能、そして使う人の感覚。
その関係を考えることが、ものづくりには必要なのだと思う。
また、WABISUKEの製品には、日本の伝統文様が用いられている。
麻の葉。
七宝。
青海波。
唐草。
それぞれの文様は、時代や用途によって、さまざまな意味や願いと結びついてきた。
韓屋の建築が韓国の暮らしの歴史を伝えるように、日本の文様もまた、日本の人々が長い時間をかけて育んできた美意識を伝えている。
もちろん、文様のあるがま口を持つことと、伝統建築の中で暮らすことは同じではない。
それでも、身近なものを通して、その背景にある文化へ関心を持つことはできる。
韓屋の屋根を見て、その形が生まれた理由を知りたくなる。
がま口の唐草模様を見て、その文様がどこから来たのかを知りたくなる。
そうした小さな問いが、文化を学ぶ入り口になる。
日常のものを、ただ使うだけで終わらせず、その背景にある人々の知恵や歴史にも目を向ける。
WABISUKEが大切にしたいのは、そのような文化との関わり方である。
第十三章──東アジアの美意識が交差する場所で
中国の書の文化。
韓国の韓屋。
日本の町家や伝統文様。
東アジアには、長い歴史の中で互いに影響を与え合ってきた文化がある。
文字、仏教、儒教、建築技術、工芸、素材の利用。
多くのものが、人の移動や交流を通して伝わってきた。
しかし、それぞれの文化は、同じ形にまとまっていったわけではない。
中国には中国の歴史がある。
韓国には韓国の風土と暮らしがある。
日本には日本の社会や美意識がある。
互いに学びながら、それぞれの土地で異なる文化を育ててきた。
韓屋の静けさを、日本の侘び寂びと同じものとして説明することはできない。
韓屋には、韓国の気候に対応した建築技術があり、朝鮮王朝時代の社会や家族の歴史があり、現代の都市生活の中で生じている課題もある。
それらを理解したうえで、初めて韓屋の魅力が立体的に見えてくる。
そして、異なる文化を深く知ることは、自分たちの文化を考え直す機会にもなる。
京都の町家を、これまでとは違う視点で眺める。
日本の道具が、どのような暮らしの中で発達してきたのかを考える。
伝統文様が、なぜ現代まで使われ続けているのかを問い直す。
文化の交流には、そのような力がある。
WABISUKEが京都から世界へ届けたいのも、単に日本のものを紹介することだけではない。
日本の文化を知ってもらうと同時に、世界の文化に学び、その違いや豊かさを尊重していくこと。
そこから、新しい発見や対話が生まれることを願っている。
終章──風が通り抜ける場所に、暮らしの知恵がある
韓屋のマルを、風が通り抜ける。
庭の木々が揺れ、軒先に柔らかな影が落ちる。
冬になれば、オンドルで温められた床が、人々の暮らしを支える。
窓に張られた韓紙は、外からの光を受け止め、室内へ穏やかな明るさを届ける。
その一つひとつは、長い時間をかけて生まれた生活の知恵である。
韓屋の美しさは、ただ静かに見えることだけにあるのではない。
暑さと寒さに向き合い、素材を選び、家族が暮らす場所をつくり、時代の変化に応じて住まいを育ててきたこと。
その営みの中に、美しさがある。
そして、韓屋は今も、保存と活用の間で新しい道を探している。
古いものを残すこと。
現代の暮らしに合わせて変えること。
そこで生活する人々を尊重すること。
そのすべてが、文化を未来へ渡すための大切な仕事である。
京都の小さながま口もまた、暮らしの中で使われる道具である。
人の手に渡り、毎日の生活に寄り添い、ときにはその文様が、日本の文化への関心を生む。
大きな建築と、小さな道具。
その間には、明らかな違いがある。
しかし、どちらも人間の暮らしの中で生まれ、使われ、意味を与えられてきたものである。
韓屋の風景に心を惹かれるとき、私たちは、その美しい形だけでなく、そこに積み重ねられた人々の知恵にも目を向けたい。
そして、自分たちが日々手にする道具についても、同じように考えてみたい。
美しさは、暮らしから遠く離れたところにだけ存在するのではない。
風を通す床に。
光を受け止める紙に。
手になじむ布に。
毎日開け閉めする、小さながま口に。
人々がよりよく暮らそうとしてきた、その工夫の中にも美しさは宿っている。
韓国の韓屋から学ぶことは、京都の文化を見つめ直すことにもつながる。
異なる文化に敬意を払い、その違いを知り、そこから新しい感性を育てていく。
WABISUKEは、そんな文化の対話を大切にしたい。
文化を贈る、感性を纏う。
京都から、世界へ。
そして、静けさが価値になる世界へ。
WABISUKE STORIES ── 京都から、世界の文化と暮らしの美しさを訪ねる。
参考資料・さらに知るために
- 韓国国家遺産庁(Korea Heritage Service)──韓国の伝統建築と文化遺産に関する資料
- 韓国国立民俗博物館(National Folk Museum of Korea)──韓国の伝統的な住生活と民俗文化
- 韓国国立中央博物館(National Museum of Korea)──韓国の歴史・工芸・生活文化
- ソウル市・北村韓屋村関連の公式案内──北村の歴史、保存と住民生活
- 韓国の伝統的なオンドル、マル、韓紙および韓屋建築に関する研究資料