WABISUKE香道記  香りは、記憶の扉をひらく


 

WABISUKE香道記:香りは、記憶の扉をひらく

「香りを聞く」とは、ただ鼻で感じることではない。
それは、心で受け止める行為。
香道の世界では、香りは「聞くもの」とされる。
その理由を、私は今日、ようやく少しだけ理解した気がする。

香炉の中の静寂

香炉の灰に銀葉をのせ、香木をそっと置く。
炭のぬくもりが香木を目覚めさせると、
部屋の空気が、ゆっくりと変わっていく。
甘いような、苦いような、どこか懐かしい香り。
それは、幼い頃に祖母の家で嗅いだ線香の記憶かもしれない。
あるいは、初めて旅した京都の寺で感じた静けさかもしれない。

香道では、香りを「嗅ぐ」のではなく「聞く」。
それは、香りが語りかけてくるからだ。
「あなたの中に、まだ眠っているものがあるよ」と。

香りが語る、季節と心

今回の組香は「三種桜狩香」。
山桜、八重桜、枝垂桜――それぞれの香りに、
春の情景と和歌が添えられていた。

香りを聞きながら、私は自分の心の中に咲く桜を探していた。
それは、誰かと別れた春かもしれない。
新しい道を歩き始めた春かもしれない。
香りは、季節の記憶と心の風景を結びつける。

香道は、心の鏡

香道の所作は美しい。
香炉を持つ手、香りを聞く姿勢、
すべてが「自分を整える」ための儀式のようだった。

香道は、香りを通して自分自身と向き合う時間。
「今の私は、どんな香りに惹かれるのか」
それは、今の自分の心の状態を映す鏡でもある。


若い読者へ:香道は「静かな冒険」

香道は、決して堅苦しい伝統芸だけではない。
それは、五感を使って自分を知る「静かな冒険」だ。
香りを聞くことで、心の奥にある感情や記憶がふと顔を出す。
それは、スマホでは見つけられない、自分だけの物語。

次の季節、あなたも香りの扉を開いてみませんか。
そこには、まだ知らない「あなた自身」が待っているかもしれません。